底辺を知る

【2015/2/13】

 

2月13日

 

神戸から福岡へ走る。

終始、横風。たまに雪。

山陽道、中国道、九州道。

見慣れたカーブも見慣れたからといって

見ないで通り抜けるわけにはいかないので

いちいちその軌道を注視しながら走る。

結果、目が回る。

 

福岡着後、回ったままの目でパソコン見ながら雑務。

 

先日の1/31熊谷(YDO×サイリズLIVE)の音、

その一部が届いていたのでそいつを聴きながら。

 

もはやベースなのか何なのかよくわからない自分の演奏。

 

音も外すし、リズムもマチマチだし、

動き過ぎてよく何弾いているのかわからないし、

いきなり思いがけないところで飛び出してきたりするし、

この音録った時(ライブ終演後の真夜中セッション!)

正直ちょっと眠かったし、むしろ半分寝てたし、

夢の中に片足突っ込んでたし…あぁそうか、夢の中。

これは夢の中で聴いたような音。

不確かな夢の中での出来事。

音の溶け合い方やその不完全さ。

不完全なまま偶然一瞬美しい結晶のようになって

そのまま誰にも知られることなく消えていった雪の粒。

聴いていてなんだか妙に愛おしい気持ちになった。

 

あの特異な、モルタルレコードという場の引力もあったのでしょう。

 

この日のライブで得た柔らかさや非力さや曖昧さといったナニガシかは

少なからず最近の自分の演奏に反映されていて、

先日の福原美穂&The Culture xxxでのライブ、

特に中盤の「What’s Goin’ On」や

昨日のスクービー@神戸太陽と虎での「月光」辺りは

(体感上)今までにはなかった感情の振れ幅を表現できたように思います。

 

それは自分の中の一番小さな音を知る、ということ。

自分の中の底辺を知ること。

あるいは、自分の中の一番醜い部分を知ることなのかも知れません。

 

誰かとの力の差とか、自分の不甲斐なさとか、

もうどうにもできない運命のなんちゃらかんちゃらな皮肉さとか、

そういった全部をひっくるめたうえで

それでもバカみたいに楽器をアンプに繋げて

人様の前で大きな音を鳴らしている自分が

結局のところとても好きなのだなぁ、とまぁそんなこんなで

とんだ茶番に長らくお付き合いさせてしまってどうもすみません。

つまり結構いい感じってことですね。

 

とりわけここ何本かのスクービーライブは爆発してます。

MCもおかしなことになっています。

 

明日は大分、明後日松山。

お近くの方もそうでない方も是非観に来て下さい。

 

 

☆1/31熊谷ライブのなにかしらをDVDにしようと

YDOさん奔走中のようなので、続報お楽しみに。

あわせて、次回2/26(木)浅草でのサイリズライブ、出番は20時20分から。

加えて、3/2(月)おかもとえみちゃんと二人ライブします@渋谷7th Floor。

溶ける直前の、雪の結晶のようなライブ、になるのか。こちらも是非。